2016.10.14.

ドローン 

ひょんないきさつで ドローンを導入した。

最近 海辺で 日々ドローンを飛ばして 操縦に励んでいる。


操縦は至ってカンタンで
鳥の目線 鳥の景色 が すぐに掌に届く。 

5キロ先まで カンタンに飛んでいくので
波の様子も スクーターを飛ばすより早く カンタンに確認できたりする。


すごいけど



飛ぶまでの進化を経ずに 急に手に入った視点に 想いが なかなか定まらなく
なんだかな。 勝手に心は焦っていく。




ゆっくり。  ゆうくり。   低空飛行から昇華させていこう。





冬の澄んだ空 寒空 夜間飛行 全てを 経て 遊んでいこう。





  
 

2016.06.12.

海小屋は外がとても近く


夜に目を覚ましたりしたら
時計をみるより先にドアをあけてみる


 
と すぐに空が広がっていて 月や星の見え方や
 暗闇 青闇 闇の景色に おおよその時間をなんとなく感じれる





今日も夜に目を覚まして
時計を観るより先にドアを開いてみると
六日目の月と 北斗七星 が キレイにみえ 



時計は深夜2時


ちょっと眠かったけど 今かなと思って 思い立って 
現像&ラッシュプリントしたての16mm フィルムを映写機にかけてみる






1ヶ月くらい前 夕日がとてもきれいだった日
波に乗ったあと 急いで走って追いかけ 撮影した時の 
夕日に繰り返す波のフィルム  
サーフィンの大会の前日の夕方の景色とか 気配とか








1秒間に24コマの 映写機のリズムに あの日の光と影が
海小屋の障子壁に映されていって 








過去の時間が 外の闇に解き放たれていく












そして なんだろう


  すごく こころがときめいていく




2016.06.06.

連日連夜の撮影がすぎ
ほっとして 日曜日の海小屋へ




到着早々 
小屋の裏では  モグラが 裏返しになって モグラの形して モグラの顔して 
仰向けになって 死んでいた。


ひっくり返った もぐらの表情をみて
25年前にみた 中国のミイラ博物館での 仰向けに眠っていた
千年前のミイラの表情が重なった。


所狭しにずらっと並んだミイラ達

千年前や数百年前に生きていた 人たち ミイラ達
 
その股間には それぞれに小さな布が一枚かけられていて
数体のミイラの その小さな布は 風でめくれていて  
露になってしまっていて


千年経った 人間は ほとんど土に還っているのだけど
生殖器だけは リアルにその形を残していて そこだけはかなり生々しかった。



男性も女性も どのミイラも 生殖器は生前のままに 
いつまでも わりとそのままに残るのだという。


当時 社会国家主義だった中国の博物館では だれもそれを思いやるひとはいないらしく
そのまま 放置されたままで 一般公開されていて
千年前に生きていた ミイラの人を気の毒に思った。








千年経っても きっとこのミイラの人は きっとはずかしいのでは?
とおもいやったけど 真相は 深層は 如何に?






近くで遊んでいた 子供達が もぐちゃんのお墓を作ろう!というので 
一緒に穴をほって モグラを土に埋めて モグラを葬った。



子供ごころか たまたまか ひっくり返ったモグちゃんを 正体に返して土に埋めてあげていた。


葬るって言う言葉を調べたら 
土に埋めるという意味と 表に表れないようにするという意味があるよう。 





葬ることの意味とかを なんとなく考えたりしつつ 海に入り 

やっぱり 全ての答えは ここにあるのだなと確信しつつ








そんな風に 海を愉しんだ 日曜日の海小屋でした。

 




2016.03.31.

今 年度末

3月31日 年度末 駆け込み入稿 いろいろ で 暗室に籠ってプリント作業

外の 春の太陽に近づきたく 暗闇に全く集中できなく
ソワソワワソワソ


想えば ちょうど 25年前のこんな日 こんな時間に
夜行バスにのって ウォークマンの音楽と一緒に 鞄ひとつで 上京したっけ 

あのとき 考えていたことの一部 を思い出した!
あのとき 考えていたことと 今 想っていることは すごく近しい


四半世紀かけて 想っている気持ちが すごく近いなんて
それって すごくすごいこと!


あの時のメモは この暗室の すぐそこのトランクに埋もれているはずで
そして あの頃 躍起に撮っていた8ミリフィルムが いっぱい すぐそこのトランクにうもれているはず




プリントの合間合間  ひとまず 映写機に油をさして
今年度の締めくくりのプリントを 大切に 集中することに 集中する






今年度のプリント作業が 終わったら  今年度最後の夜が明けたら
早くそこのトランクと一緒に 海小屋へ行こう 

 

2016.03.02.

sinar 54M

最近は フィルムとデジタルの極を遊ぶような 実験的な撮影が続いていて その都度 機材と向き合って メカドックに励んでいる。

今日は SINAR の初期の頃のデジパックと rollei 6008 を久しぶりに繋いで 次の撮影に備えてみる。


2004〜2007年あたりの ダルサ製のCCDが好きで いろいろ集めて いろいろ費やしてきたけれど 
なかなか なかなかの じゃじゃ馬ぞろいで なかなか なかなか 使えない。。。。 



6008の電気系統は この冬 至るところで 不具合が多く 悩みの種は もう立派な大木になってしまった。
見切りをつけようと 他のレンズを使えば使うほどに 6008のレンズの奥行きを感じて ふりだしに戻ってきてしまうしまつ。





頭がいたくなることだらけだけれども こうして メカドックに費やす時間も きっと 写真の一部になっていければいい。


2015.11.14.

ティーリーフ ホワイトジンジャー レイの香り

今 3週間のハワイロケが終わり ホノルル空港にいる。

9月のロケハンからはじまり 家族旅行 本番撮影 今年の秋は 7週間も ハワイの太陽の下にいた。




ハワイ4島ロケ 大変続きで 一筋縄ではいかなかったけど  
奇跡的に無事に見事に 全カットを撮り終えた。
 
帰りの飛行機も とんだハプニングで 乗ることができず 
今は空港で 新しい帰りの飛行機を かれこれ4時間 待ちくたびれ中


だけど 結果 最後に飛び立つ空が マジックアワーに変更になったのは ちょっと素敵


飛行機に乗ったら また ビールで乾杯しよう。




 

大忙しだった 弾丸撮影の日々は終わり 
今 やっと 何もない時間をもてあませているのも ちょうど素敵




何もない時間に 目を閉じると レイの香りがする。





今朝 今ハワイ最後の朝

レイを首に下げて 波のりした時
首元がひんやりと気持ちよく ホワイトジンジャーの香りに包まれて 波に立った時の香り 


レイを首にかけて ロングボードに立って レイの香りと波と風が一緒になった時間は
このハワイロケのハイライトであり  自分にとっての ハワイの香りが生まれた瞬間
 

今回の長期ロケは 本当に ミラクルの連続で  肝心な瞬間は いつも太陽が味方に来てくれた。

危うくも 絶対的な何か大きな力に守られ続けていたことことを ずっと感じていた。 





早朝 飛行場に向かう前の時間 

撮影中のお守りにしていた ティーリーフのレイ と ホワイトジンジャーのレイを 
海に返そうと サーフボードでに沖にでた。



レイと一緒に沖にでて 2本の波に乗った後  3つのレイを 海に手放した。

 


水と朝日にキラめきながら ちょっとづつ ゆっくりと 遠くに離れていくレイが 
とても美しくて とても儚くて


なんだか哀しい気持ちになりそうになったので また ここに来れればいい! と想った。






今から帰るけど また ここに 帰って来たい。
今から帰るけど また ここに 帰ってこよう。
 

2015.09.19.

アロハステイト

9月まるごと アロハ ステイト hawaii ハワイ にいます。

カウアイ マウイ ハワイ オハフ 

それぞれの島と島のスポットを ぐるり一気に かけめぐり 

風の匂いをおいかけ  写真して 明け暮らした 17日間




そして 今日から セカンドステージ  


再び マウイ島




ラナイの素敵な 山の コテージにて 
 

なにもない時間を なにもしないで ゆっくり じっくり 味わう


花の香りが いろいろな 風に乗って 通り過ぎていく
  


風の通りすぎる時  

風の色

2015.07.31.

Extermination

19年前 ニューヨーク ロウアーイーストサイドのはずれ 
傾いた古いアパートの5階に 小さくて白い部屋 を借りて住みだしたころのはなし



「ネズミ駆除に来ましたが留守でしたので また来ます」
という英語で殴り書きで書かれたメモが ドアに張られていた。

当時 英語が全くできなく いつも持ち歩いていた 英和和英辞書で
張り紙の意味を調べてみた。 

「皆殺しに来た。また戻ってくる!」 と直訳した私は 恐怖のあまり アパートを飛び出した。


ルームメイトになりたてだった家主が 仕事から戻ってくるのを外で震えながら待った。

夜 公衆電話で彼女の帰宅と無事を確認し(当時の英語力では 張り紙についてを電話で説明できなくて) 
おそるおそる 急いで戻ると 皆殺し予告のメモは キッチンのテーブルに置かれていた。


メモに怯える私を わらって ネズミ駆除についてのメモだと説明してくれ  
一件落着  ほっ  とした。  

という エピソード。





インターネット 携帯電話が ほとんどない時代
京都の映画の撮影所から リュックひとつ  ニューヨークに飛び込んできたばかりで
ラーメン屋の張り紙をみて決めたフラットは 当時 ジャンキーが多かったストリートに傾いて建っていた。

皆殺し という言葉は あながち なきにしもあらず  さもありなん で 


Extermination という張り紙を  あの時 本当に怖い と思った。





そんなこんなで 月日は経ち
昨日の私は 暗室の屋根うらにできた 蜂の巣の駆除=Extermination にとりかかることに。



蜂たちが眠るであろう 深夜を待ち

白い手袋と白いマスク 白いゴーグル 白いタオルをほっかむり 
ゴーストバスターズみたいに 白装束姿で

暗闇の中 蜂の巣めがけて 10m先まで噴射可能な殺虫剤のガンで狙いを定め 

返り討ちを怯えながら 一息に 噴射をつづけた。


 
ふと 「みつばちのささやき」 という 大好きな映画を 思い出した。

2015.07.29.

働き蜂の巣

早朝 暗室のシャッターをあげる時 テント屋根の軒下に
数匹の蜂たちが せっせせっせと蜂の巣をつくりだしている光景と遭遇した。 


今日は入稿が重なっていて 集中して 急いでプリントをしないといけない。

とっさの判断で みなかったことに。

暗闇作業中 働き蜂の姿が 気になりつつ こっちはこっち そっちはそっち
無視をきめこみ 無事 プリント作業が終了。

夜明かりに 蜂の巣を確認してみた。


朝よりもあきらかに がっつりと大きくなっている巣。


そして 日はもうとっくに沈んでいるのに 2匹の蜂が巣のまわりをパトロールしていた。


このまま 放っておくと どうなってしまうのだろう。



心配を胸に 今日はつかれた。
 ビールを呑んで眠ってしまおう。

2015.05.29.

ドリアン

ビーチで オープンエアー でドリアンを食べてみよう!
と おもいつき 早速 果物売りのおばさんに ドリアンを仕入れてきてもらった。

いざ 実食!

産まれて初めて食べる はじめての ドリアン


ドリアン ひとつ食べた。

なるほど くさい。
このくささ この味 どうしていいか わからなくて どうしようか迷う。



周りで おいしそうな顔で見ている スマトラ人達に分けて 食べてもらう。と
みな 大好物とのことで すごくおいしそうに食べている その顔をみて


よし! と 勢いつけて 
ドリアン ふたつめ食べてみる。 


うん くさい。

このくさい感じが 初体験で どうしていいかわからないまま 固まりつつ。。。


青空の下 南風に吹かれて このシチューエーション このくさい感じは 
だんだん だんだん おもしろい味に思えてきた。




最後のドリアン みっつめの特大の粒を食べ  

やはり くさい!


けれど この ねっとりとした くさい味覚に  
南の海 南波の音 南風の匂い 南の太陽が肌を焼く感触 が とてもマッチしてきて  

ある瞬間に  美味しい!と 捉えたような 瞬間があって


うん。美味しい! と口にした。 




そして 今 また 食べたい味。




初めて食べる 味 について
 スローモーションで理解し 捉えた 感覚をなぞると


4歳の時 血色い赤のマグロを こわごわ 食べてみたら 美味しくてびっくりした時の記憶が重なり
東京について すぐに マグロを食べた。







味覚の記憶に また 旅をしている。 

鳥巣佑有子

メモリアル